2006年3月29日 (水)

ひつこく「二十歳の原点」7

おれがHPやったら絵を載せたくなる。本の事を書きたくなる。音楽というかロックも好きだけど、しかし、共通点や共感より自分の思いに走っていってしまうだろうなと思っていた。

「二十歳の原点」は死んだ彼女を思い出す、みたいな感じを1年ぐらい引き摺った。擬似恋愛なんだなこれ。そして自分自身の姿を彼女に見出していた。だけどそれから、高野悦子さんは特殊でもなんでもなく、形を変え、品を変え男女問わず同じような葛藤を多くの人が抱え込んだものだと思えてきた。

3冊をじっくり読み返したのは、最初に読んで、12年前読んで以来だった、重い言葉が書かれている当たりを読んだりしてたり、最後に載っている詩「旅に出よう」は何度も読んだ。彼女はヘッセを読んでいた、「詩はヘッセしか読んだ事ない」とか書いている。そして、「詩人になりたい」とも書いている、そしてヘッセの詩も書いている。彼女との共通点はヘッセ好きと言う点(書いてておれバカみたい)彼女の詩は、ヘッセ色が強いのでおれはなじみやすい。

霧の中

不思議だ、霧の中を歩くのは!  どの茂みも石も孤独だ。

どの木にも他の木は見えない。   みんなひとりぼっちだ。

私の生活がまだ明るかったころ、 私にとって世界は友だちに溢れていた。

いま、霧がおりると、 誰ももう見えない。

ほんとうに、自分をすべてのものから  逆らいようもなく、 そっとへだてる

暗さを知らないものは、 賢くないのだ。

不思議だ、霧の中を歩くのは! 人生とは孤独であることだ。

だれも他の人を知らない。  みんなひとりぼっちだ。

これはおれがヘッセの詩の中で好きな詩だ。

彼女が生き延びたら物書きになっていたんじゃないかと思う、詩も書いてたと思う。詩人の感覚や視点は孤独で、自閉的で、言葉の中に空間を作り出すような才能だと思う。俳句とか短歌なんかもそうだと思う。

詩は所どころにでてくるが最後に載っている詩は、目の前に情景が浮かんでくる。そして、孤独なのに、寂しげでなく静かで、澄んでいる。落ち着きをもっている。この詩が、本当に死の前に書かれたのかわからないが、孤独を受け入れてそれを理解しているように感じる。詩の中に書かれているように彼女は、休もうとしたんじゃないかと思う。休めばいいんだと。

睡眠薬で散々眠った後、モウロウとしながら絶望や寂しさから、開放されたのかもしれない恐怖も苦しさもなかったかもしれない。彼女は精一杯生きたとおれは思う。

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2006年3月27日 (月)

二十歳の原点6

おれは83年暮れ頃から、何度も後半を読み、「序章」を読み自分の頭を整理した。部屋を出ても、彼女の事ばかり考えて、切なくてしょうがなかった。失恋というより喪失感、何で死んじゃったんだ?そればっかり、毎日徹夜明けみたいな感じで頭に幕が張ったような、気持ち悪いような、日々だった。

「なんでおれ何年も前に死んじゃった彼女にこうなるんだ?」

デッサンしてると、おれは石膏デッサンなんてもうやりたくない。多摩美のイメージ構成的なのがやりたいと。先生方唖然だ。「おめぇここはムサビ系だぞ?何しに来たの?」 油絵も、オーソドックスな感じじゃなく、現代的な感覚のが描きたい。

研究所なんて、行かなきゃ誰も気にも止めない。脱落組みになって、マンガ描こうかな。

思考が彼女に似てきていた、部屋にいたたまれないで外へ飛び出てフラフラ、小平市から国分寺、分らんとこを、夜、昼問わず、フラフラして、堤防、歩道橋、陸橋、用水、踏み切り、にボケッっと立って、身震いする。を繰り返した。人生で2回やばい時期の一回目だった。これがマンガ「暖かい日陰」の場面である。歩いてる方が落ち着くんでそうしたんでヤミクモという訳じゃないが。飛び込むという観念が、、。

彼女は、なんで立命館大学に行ったのか?

なんで歴史専攻なのか?なんで部落研究会なのか?

なんでワンダーフォーゲル部なのか?

なんで最初の下宿から友だちのいる学生アパートに移ったのに又、一般アパートに行ったのか?

バイトする必要もないのにバイトしたのか?

なんで家族と訣別したのか?

なんで大学と訣別したのか?

しかし、中村と訣別はできなかった。

律する事と訣別が、彼女の自己改革、変わりたい自分である。自分探し?自己探求、自己確立、自己統一性をしたいからじゃない。

彼女は自分が嫌いなのだ。自分が許せないのだ。自分が愛せないのだ。から変りたいのだ。そして、だから愛を求めたのだ。

理想は愛ではない。願望は愛ではない。彼女の愛は簡単だ、彼氏が欲しいのだ。

中村氏に恋をして、飲みに行き、関係を持ったら、家族との訣別、学生運動への積極的参加、アナーキズム、? 化粧して、おしゃれして、フワフワできないのか?やはり彼女の愛は律する事である。彼女は明るくニコヤカにはしゃぐ自分が大嫌いなのだ。しかし酔っぱらうと歌って浮かれる。未熟所かおっさんじゃないか。飲む相手はいたし孤独か。

自分を愛せないから孤独なのだ、そして未熟と感じてしまうのだ。

おれは多摩美を受け落ち、芸大とかも受けたがもうやる気はなかった。彼女が教えてくれた、やめといた方がいいよ、と。

憧れのキャンパスライフ、学生生活、好きな絵を思いっきり描いてみたい。

うそだ。

おれは周りの目を気にしているだけだ。人の評価を気にしているだけだ。

そして、ぼんやりわかったのは、

暖かい日陰に、置き忘れてきたのは、愛し愛される事だったと。

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2006年3月26日 (日)

二十歳の原点5

おれは早生まれで、浪人の時読んでいるから18歳から19歳になる時にこの本を読んだ。「ノート」「序章」は10年ぐらい前に売ってしまったが、数年後に買い戻し置いてある。ないと落ち着かないのだ。「本編」はボロボロのマッチャチャなんで新しいのを買った。

5月30日 「今日、東京へ行って来る。姉と話し合い家族と訣別をつけるために」

5月31日 「姉、父母と話す、決裂して飛び出す。」

6月2日 「彼との結びつきは単に肉体のみであったのかかもしれない、とにかく訣別だ。」

6月3日 「中村にテレをしたがいなかった。毎日かけてもいないということ、、、テレを一回もかけてこないということ、誰が考えてもハッキリしている。彼は会いたくないのだ。」「私は他者を通じてしか自己を知る事ができない、、、他者との関係においてのみ自己を見出している。」

6月12日 集会、デモ参加

6月15日 集会、デモ参加。しかし、その運動と私の違和感を感じ続ける。

6月17日 「中村の目の前で働きながら私は何もできなかった」

「彼に対して一体なにを望んでいたのでしょうか 彼なんてどうでもいいのでしょうか 男なんてどうでもいいのでしょうか、、、」「さようなら、、この一ヶ月半は私にとって非常に苦しい期間だった、、、いつもあなたを中心に毎日が過ぎて行った、、。」

6月19日 「2:30、深夜。みごとに失恋?」「ちっぽけな、つまらなぬ人間がたった一人でいる」

6月20日 「ノートを燃やそうという考えが浮かんだ」

6月22日 「その夜、再びあなたと安宿におちつこう、そして静かに狂おしく、あなたの突起物から流れ出るどろどろの粘液を私のあらゆる部分になすりつけよう。血とくその混沌の中を裸足で歩いていくように、あなたの黒い粘液を私になすりつけよう。、、」

彼への思いがすべてだった、自立も、学生運動も、バイトも。

そして、睡眠薬を飲むが眠れない、、。

旅に出よう

テントとシュラフの入ったザックをしょい

ポケットには一箱の煙草と笛をもち

旅に出よう

出発の日は雨がよい

霧のようにやわらかい春の雨の日がよい

萌え出でた若芽がしっとりとぬれながら

そして富士の山にあるという

原始林の中にゆこう

ゆっくりとあせることなく

大きな杉の古木にきたら

一層暗いその根本に腰をおろして休もう

そして独占の機会工場で作られた一箱の煙草を取り出して

暗い古樹の下で一本の煙草を吸おう

近代社会の臭いのする その煙を

古木よ おまえは何と感じるか

原始林のなかにあるという湖をさがそう

そしてその岸辺にたたずんで

一本の煙草を吸おう

煙をすべて吐き出して

ザックのかたわらで静かに休もう

原始林を暗やみが包みこむ頃になったら湖に

小船をうかべよう

衣服を脱ぎ捨て

すべらかな肌をやみにつつみ

左手に笛をもって

湖の水面を暗やみの中に漂いながら

笛をふこう

小船の幽かなるうつろいのさざめきの中

中天より涼風を肌に流させながら

静かに眠ろう

そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう

昭和44年6月24日未明、鉄道自殺。

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二十歳の原点4

おれは美大へ行って何がしたいんだ?

絵を描いて、勉強して、バイトして、遊んで、女の子と知り合って、こまして、バイトして、女こまして、コンパ行って女こまして、、、ブランド美大の卒業証書もらって、、、か?

「死ね、おれなんて死んでしまえ」「いや、自殺なんてじゃなく、転んでどぶにはまって窒息死とか、階段から落ちて頭打つとか、それか生き地獄をさまよえバカ!」

うつろな毎日、混沌とした前向きさ、83年12月は美大に行きたいのか、というか行けないだろ、デッサンは合格圏内でも油は全然だめ、高校が石膏像中心の武蔵野美大系だったから、研究所もムサビ系にしたが多摩美に行きたいんじゃないかやっぱり、デッサンのみで彫刻を受ける?併願する。本気で大学とか行きたいのか?おれ?

もう立命館は機能していなかった、69年2月2日、彼女は伊達メガネを掛けはじめたり、太宰全集を買って読んだりしている、「今日は1時間ばかり独り言を言い続けた」 2月6日「何をしてよいかわからなかった。ほうをピシャリと打った、、、自殺でもしようかなと思った、、でもその解決を酒に求めた」ほとんど毎日酒の力で寝入っている。

安保、沖縄、大学紛争に対する政府に対し怒り、反発するが行動には出ず、「私はこの部屋の王様」なんて言いながら「恋人が欲しい」と酔っぱらっては書いている。喫茶店、デパート、パチンコ、大学、しかし部屋でほとんど過ごす生活。コンパに行く前には、「今日は飲まないぞ」とノートに書き込み、飲んで歌って、男の子にチヤホヤされて愉快になって、落ち込む。中学生の情緒不安定な不良娘のような日々になってしまう。

2月11日いったん帰郷し、学生アパートから一般アパートに移る事などと思いたち、2月20日ついに立命館にも機動隊導入。デモに参加。「私の中のブルジュワ性の否定」が彼女の粉砕の理由だが、その怒りや行動は自分自身に向けられているようにしか読めない。彼女は行動に出てしばらくすると「ここ一週間コタツに入ったきりの自慰的生活でした」となる。学生運動は彼女の本質ではないんだから、わかんないかな?

3月からバイトを初め、ホテルのウエイトレスをやり、そこの主任鈴木に恋するが、多分もう少し若い中村という人と飲みに行ったりするが、中村には彼女がいると、しかし、彼女は中村の考えにひかれていく、メーデーをきっかけに「田川治子」と名乗りヘルメット、ゲバ棒を持ってデモへ、バイトの事は仕事の内容より鈴木と中村の事ばかり書く。

彼女の一ヵ月の送金は、正社員のウエイトレスより多いのだ、彼女はブルジュアである。授業料をわざと滞納し、積極的にデモに参加しても、空回りしているだけだ。

5月19日清心館封鎖貫徹、学校当局との対決!

5月26日バイトの同僚と飲んで泥酔したため、中村が来てアパートに送る、というか連れて行かれるとき中村に「かっこ(高野)は自分を見失っているのではないか」とたしなめられるが、「己の闘争をどの位置に見出すべきかとそういう点、まだ己を発見していない」この頃になると言葉は、「せよ、己、なのである」、とうの運動家論調になっている。「なんとなく学生になった自己を粉砕し現存の大学を解体する戦いが生まれる。」無理矢理持っていく感じがする、大学をやめて地元に帰って働けばいいいのにと思う自分も同じだったが。

自己改革、変わりたい、それが彼女の通念である。分析すれば定義されるだろうけど、社会性、家族、異性への混沌とした幻想が空回りしているのだ。そういう自覚はおれはあった。多くの若者は、そうである。彼女だけではない。

彼女のいう「自分の中のブルジュア性」を変えたいのだ、無理だ。彼女はどこを切ってもプチブルである。

この「幻想」を解き明かしてくれるのにもっとも自分がふさわしかったのが「共同幻想論」吉本隆明だったが、69年幻想の真っ只中にいて、運動に自分の置き場を見出してしまった彼女は「青春の墓標」奥浩平に近ずくしかなかったのか、それは自殺である。

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2006年3月24日 (金)

二十歳の原点3

「二十歳の原点」が最初に出版されたのは昭和46年(1971)、父高野三郎によってである。20才の誕生日から始まるそれは、自閉的で悲壮感の漂う、自虐的でニヒルな感じであり、そして

「独りである事、未熟である事、それが私の二十歳の原点である」

と言う言葉は成人の日に書かれている。がここにいたるのにジワジワとしたストーリーがありやはり、犯されたことが大きな変化になっている。

「私の衣服を脱がせ裸にした暴力に憤りを感じる。しかし反面、私は耳たぶに火照りを感じると、あの愛撫がなつかしくなる」

快感と理性の葛藤である。

おれは83年9月から、東京に出て、美大浪人をはじめた。11月頃になると慣れ、仲間と酒を飲んだり、女の子を誘ったり、アパートへ行ったり、来たりするようになっていた。東京の開放感と寂しさと酒の力でなにげにイチャイャできるようになって「あわゆくば、、」という欲望がわいてきた。

その頃「ノート」を読み始め、高野悦子にのめり込んでいった、惚れていく感じだ。

ひた向きで、素直で前向きな少女は混乱し、犯されてしまう。あまりにショックなできことに呆然とし、おれが彼女を犯したような錯覚に落ちた、好きな女性がそういう目にあって相手を憎む感じではなく、おれが彼女を犯して壊したという自責の念にとらわれた。

あまりに切なく、マンガを描きはじめた。わけのわからない後悔と自分自身の卑しさ。

「二十歳の原点」本編は壊れた後の彼女の日記である。最初から読んで惚れてしまったおれは、つらい感じだった。親はもっと辛かったと思うが。

東大紛争、全学連、大学の占拠、閉鎖など学生運動はピークを迎える、その中にあって高野悦子は孤独の中、自分を見つけようとして、益々自分を見失っていく。

カミソリで指や手首を切り、流れる血をながめ妄想する、、、

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2006年3月22日 (水)

二十歳の原点2

部落研究会の人達から学生運動参加の勧誘を受け、集会やスト支援デモに行ったりするが、積極的動機が見出せない彼女は、部落問題=階級闘争=マルクス、レーニン主義=学生運動という迷路をさまよう。

勉強には身が入らず、レコードを聴きボンヤリしたり片思いの男性の事を考えたりするようになる。自分の弱さ、その弱さを変えたい。その為に意義のある事をしたいと思う、おれもそうだったが、そういう意義に対してやはりはっきりした動機を見出せない、その葛藤は彼女が正月に実家に帰って1月2日に19才になった時。

部落研は退部しょう、勉強しょうという結論に達するが、やめる事は敗北感であった。

「そして、このノートは醜いものでなければならない、私自身が醜いのだから、このノートに向かう時は、誰にも遠慮せず感じた事、思った事を書き記せばいい。」と記し。抜け殻のようにラジオをつけっぱなして、マスターベーションにふけったりしている。

哲学の本を読もうとするがそういう気力もなくなって

「私は私の存在を否定したようだ」と落ち込む。

高野悦子は、思想的風潮の中にあっても、そうではなく古典的な哲学するタイプだと思う。問題に対して、マルクス主義ならば、資本家対労働者、といった答えはあるのだ。彼女は答えがないのだ。

ダラダラと3学期を過ごした彼女は、春休みで栃木の実家へ帰り、1日中テレビを見て食って、寝をする。本も読まず、反省すればするほど、テレビを見て、食べて、寝る生活になる。明るく活発な少女は疲れ果てていた。

この時の日記は甘えた感じで、ホットしているのがよくわかる。

2年生になると本を読み勉強しつつも、部落研、学生運動、マルクス、には翻弄されている。

「私は19才(私の精神は未発達のまま19才になってしまった)

気が小さくて臆病者の私は ジンセイケイケンガタリナカッタカシラ

卑屈になって優越感を感じ 皮肉でもって相手を見下し

にせもののほほえみを投げかけ(偽善者め!) 

世界の中心にいるんだという19才のムジャキサをもち、、、」

山登り好きだった彼女はワンゲル部に入るが「人間性の向上、自己統一の実現、自己完成をめざして、ワンゲル活動をやるのである」などと、、

やはりガチガチになっていく。

自分の子供っぽさから脱したいとタバコを吸い、酒は飲む。しかし、ワンゲルの合宿明けのコンパで泥酔したあげくに、女たらしのどうでもいい男にやられてしまう。

怒り、後悔、男性不信、この経験は当然大きなきずになった。

「16日以来、私のふるさとは崩れ去った」動物的な性に対して、相手の暴力的行為に対して、自分の泥酔による招いてしまった事に対して恩根の念はふかまる。

「私が今危険な状態にいることは知っている」

68、12月31日、20才の誕生日の3日前。

「未熟である事の認識 すべてが整い、秩序だっているという幻想。

完成! 成熟! 外から飛び込むその言葉に惑わされていた。すべてが整っているという幻想。

だから整わぬ私はいつもおびえていた。しかし物事はすべて矛盾に満ち満ちた存在であり、未熟なのだ。

独りであることの認識  他人の足であるくことはできない。

己の足で大地に立ちあるかねばならなぬ。

独りで 独りで歩かねばならぬが、集団の中を独りで歩かねばならないのである。

「未熟」「独り」、この二つを背負って生きて行かなければならない。

だけど、、、この2,3日電気つけっぱなしでオネンネ。洋服も着っぱなし。オフロもめんどうだから3日間入っていない。不潔だネ 

しかし、、、

ここまでが「二十歳の原点序章」である。

混沌とした時代と自身の頑固さと、どうでもいい男との酔った勢いの初体験、憧れの京都、立命館は、高野悦子にとってなんだったの?

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2006年3月21日 (火)

二十歳の原点1

影響を受けた本とか、そういうのを上げるとしたらこの三冊になる。としておこう変更あるかもしれないが。

「車輪の下」ヘッセ 15才の時。

「二十歳の原点」高野悦子 19才の時。

「共同幻想論」吉本隆明 23才の時。

「二十歳の原点」は、「二十歳の原点ノート」「二十歳の原点序章」の三冊。自殺した彼女の日記を逆にさかのぽって出版された。当時すでに文庫化された三冊をおれは最初から読んでいった。

前向きで、やる気に満ちた少女は日記に名前をつけ、告白する。そして嘘、偽りを書く事ができない彼女は、自慰をして落ちこんだことまで書いている。しかし、中学、高校時代はひたすら前向きで部活に勉強に打ち込み、高校はバスケ部に入るが、心臓弁膜症で選手を続けるが葛藤の末やめる。その当たりから精神的な葛藤が多くなってくる。「デミアン」「荒野の狼」などは16才の時読んでしまっている。そして「青春の墓標」奥浩平にかなり影響を受けている。

燃える様な情熱的な学生運動の時代。次第に歴史や思想的な事に興味を持ち始める。修学旅行で行った京都の影響から立命館大学に入学する。

学生運動、反戦、労働組合の大集会、マルクス主義、デモ、そして部落研究会。

「今の私に必要なもの、人と話す事、勉強する事、意志を強くすること。」とういった決め事。こうあるべきと自己反省、自己改革、勉強や研究会に対しての積極性は、脅迫観念的で「自己否定」を経ての「自己改革」という、共産主義っぽい感覚が強い。これは時代的な感じが強いし彼女自身の性格。そして、部落研究会で難しい議論、ストへ、しかし生活は荒れて洗濯もせず。勉強もはかどらない。

大学1年の11月4日

「感覚的な「時」は過ぎ去った 思考による 論理的思考による行動 それをおこす「時」がきた 感激的連帯感などという偽りのベールははがされるときがきたのだ 理性による緻密な論理的思考 そしてエネルギッシュな行動 それによらなければ 私は また高校時代と同じような無気力な退廃的な日々を過ごすのだ 雑踏の行きかう夜のネオンの町を歩いてみたり 場末の酒場でふっとのみたくなる そんな生活はもういやだ うす暗い じめじめした裏通りの角で 目だけらんらんと えものをあさっているような そんなのはもうたくさんだ! たくさんだ!」

空回り、ここまで彼女の日記に恋愛や欲望めいたことはほとんどないが、書かなかったと思える、抑圧しすぎたのだ、この辺から荒れ方はひどくなるのにやる気は空回りが続く。

彼女は自分を追い込んでしまうのだ。そしておれは美大浪人で昼間アルバイト、夜美術研究所、帰ってきて、学科の勉強をしていた、積め込んだスケジュールはこなすだけで疲れてしまうだけ。そうすればするほどマンガを描き、本にのめり込み、現実逃避したくなる。そして目標が見えなくなり、余計に気力が空回りしてしまう。美大に行きたいのか?本当はただ東京に出たかっただけなのだ。

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