2007年11月 4日 (日)

ダークサイドと復讐劇

もう少し前になってしまったが、スターウォーズ3で、アナキン・スカイウォーカーダークサイド、暗黒面に落ちてしまい、最後にオビ・ワンに敗れ鬼の形相で怨み、呪い、憎しみ、復讐を誓いダース・ベイダーとなり、ルークとレイアの双子が生まれ物語はエピソード4新たなる希望に続く事になる。というのがあったが。

フォースの暗黒面とは、怒り、憎しみ、怨みと言ったパワーである、ではいいフォースの側面とは何なのか?愛とか情という感じの事だという事になる。

アナキンとジェダイとのすれ違いから、アナキンはダークサイドに陥って行き、母を失い、パドメをも失いそうになり、パドメを死なせない為に暗黒面の力を欲していく、つまりパドメが助かれば後はどうなってもいいのだ。

それをパドメ自身から責められ、自分の居場所をオブ・ワンに教えて裏切った事にアナキンは怒る。そして、師匠オビ・ワンと戦う。アナキンは、怒りと憎しみと私欲でジェダイを裏切り、師匠を裏切るのだ、そうした自分の行為がパドメを苦しめ、結果的にパドメを失ってしまう。

パドメを失いたくないというのは、愛情であるが、その為に皇帝の弟子になり暗黒面の力を手に入れようとし、皇帝の手先として、悪行を行う。

パドメを失っても悪と戦うのが、正義のヒーローという事になるが、最初からアナキンは戦闘的過ぎて、最初から自分を制御できないという性格にかかれていたのだ。

アナキンの「おまえを憎む」という最後のセリフが、ゾクゾクとしてそれまでそんなに、ダークサイドだ暗黒面だの、考えなかったですが怒りが憎しみになって復讐を誓うというのが、ゾクゾクするという自分のツボに気づいたんですよ。スターウォーズは、SF的要素ばっかり追っていてドラマ性は考えたことなかったですが。

キルビルというのが数年前にヒットした時、映画自体が復讐の怨念に包まれたような内容にゾクゾクしたんですね、主人公ブライドが、ビルらのリンチで植物人間になり、4年後に目覚め復讐が始まる。物語が進むにしたがって主人公とビルは師弟関係で、デキていてビルとブライドの子供が生きていたという事になります。

副題にラブストーリーと入っている、過激な愛憎劇になっています。愛憎が人をゾクゾクさせるのは、それがドラマチックであるからだと思いますが、復讐のみを前面に押し出した映画は、そうは無いと思います。

ビルがブライドを殺そうとしたのは、彼女が裏切ったからそうしたまでで、どっちが正しいとかないんです、そこが面白い。

裏切り、怒り、憎しみ、怨み、復讐というのが、ダークサイドでその復讐怒りのパワーが、人を突き動かすというのは、ドラマの鉄則かもしれません。どうもその辺に自分のツボがありそうだ。

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2007年7月22日 (日)

アニメ時をかける少女をテレビで見て

時をかける少女 筒井康隆を読んだのは、中3(1979)だと思う。(もしかしたらもうちょっと前かもしれない)

当時、日本のSFを読みあさっていた、そして筒井作品はかなり読んだ。しかし。それもクラスメートの武田君の影響である。彼の影響で、眉村卓のまぼろしのペンフレンド謎の転校生とか星新一といったジュブナイルを読み出した中の時かけなんで、中2頃に読んだかもしれない。

俺は筒井作品のドロドロしたエロ、グロナンセンスにはまっていったが、武田君はだめみたいだった。

時かけはタイムトラベルというかタイムパラドックスんの話で、原作はSF色が濃かったと記憶している、手元に本がないので読み返せないが、読んでいるとどの時間が本物かわからなくなる錯覚感が面白く、現実逃避できる感じだった。

25年ぐらい前?大林宣彦監督作品として映画化された、原田知世主演で、それはメルヘンチックで、御伽話のようなせつない感じになって、青春映画化されていた。

今回のアニメ時かけは、恋愛青春モノという面が強くなっていた、そして主人公があまりに元気で、少女マンガチックなラブコメだった。さわやかで輝いている高校生の夏の日々みたいな、徹底しているのでこれはこれでいい。

タイムパラドックスの表現がいいか悪いか、この物語のカギはそこにある。クライマックスの叩き込むような、時間の重なりの表現から謎解き、いい感じだったが、SFファンとしては、もっとネチッコくてもいいんじぁないかと思ってしまった。

絵の綺麗さ、特に背景はうまいとかいうより、綺麗で作品の全体のトーンは、背景の綺麗さ、さわやかさが、象徴している。

リメイク作品が多いこの頃、大林監督がみずから転校生をリメイクしたということですが、多分時かけは今でも十代の少年,少女に読まれているし、転校生も読まれている古典的なものになっているんだろうな、実際俺が読んだ時すでに文庫化されて古典化していたんだもんな。

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2007年4月14日 (土)

LAST DAYと言う映画を見て。

B000gpihf401_sclzzzzzzz_v44956140_ss500__2  カンヌ映画祭にて、作品賞と監督賞を受賞した事のある監督ガス・ヴァン・サントが、ニルヴァーナカート・コバーンの自殺に触発されて2005年に作られた作品。

物語は主人公ブレイクが森の中の古びた家で過ごす、最後の時間を淡々と映し出した物で、これと言った盛り上がりはない、ブツブツと独り言を言ってコソコソして、追い詰められた後のどうしょうもない感じだ。

孤独、不安、絶望、心の痛み、カート・コバーンが歌ってきた事もそうした心の叫びである。多くのロックミュージシャンが、薬物依存に走り、中毒になって復帰しているが、何人もの人は帰らぬ人になってしまっている。

コバーンは、人気が上がって売れて結婚し子供も生まれていた。そして、ワールドツアーの途中、薬物依存と精神病で入院するが、失踪する。そして、自宅のガレージにてショットガンにて自殺する。離婚調停中でもあった為、妻による暗殺説もある。

実際の野暮ったい自分とロックスターの自分というジレンマに苦しむみ、音楽性に、多くのロックスターが苦しむらしい。成功が苦痛に、イメージが苦痛に、そして次回作のプレッシャー。不安材料は、幾らでも転がっている。

この映画を作るのに、監督は、親友の自殺がきっかけになり影響している。精神的な苦痛をどういう風に表現するかが、この映画のすべてだと思う。監督は大げさになりそうな感情表現を抑え、自殺にいたるまでを客観的に見つめる。

ラストディのHPhttp://www.elephant-picture.jp/lastdays/

何人かの登場人物がいるが、コバーンの自殺とは関係ない。孤独というのはあんな感じかもしれない、そしてやる気がなく無気力で、意欲がないが、誰も彼が自殺するとは思っていないという感じで。この映画は、監督が追悼、コバーンの最後の日を空想し思う追悼としての映画だと思う。

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2006年7月24日 (月)

中距離=銀河と銀河ぐらいか?小型=20mぐらい?

Shi

こういうメカ、SFっぽいもんは去年スターウォーズ3見るまで、描かないとか見ないとかいうより、忘れていた。意識から消えていた、20年以上ぐらい。

SF小説は中学生頃日本作家のジュブナイルっぽいものから、有名な「2001年宇宙の旅」など何冊かしか読んでないし、読んでいた期間も短い。しかも内容はほとんど忘れている。

多分去年、ステーブン・ソダバーグ監督「ソラリス」を見た。原作が印象に残っていた。やるせない感じの話だ、大きな盛り上がりもない淡々とした感じだ。「オーシャンズ11」とか派手で軟派な映画作ったスタッフ、キャストが地味な古典SFも作れるぞと言った感じで、面白かった。

こういうメカとかSFチックなイラストは、こういうのが好きだと思われたくないのと、実際に興味がなくなっていたので描かなかったが、ここ最近描いてみると、なんとなくおもしろいかもしれん。多分昔はカッコよく上手く描こうとしすぎていたんで、つまらんくなってしまっていただけだったかもしれない。

Starship3

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2006年4月16日 (日)

未来少年コナン1978

中学2年の時、コナンは放送されていたが、見てなかった。最後の2,3話を見てモーレツに見たくなって、見ていた同級生に「どんなだった?」と聞き込みして、想像がふくらんだ。当時は「ヤマト」からアニメブームになっていたんで、毎週何十本もアニメが放送されていた時代だ。

その年の冬休みか、次の春休み頃一挙に再放送された。NHKがよくやるパターンだ。ビデオもない時代、かじりついて見た、アクションというか動きがすごくいい。それまでアニメは漫画が原作であって、人気があればテレビアニメ化されるバロメーターみたいな感覚だったが。コナンは「残された人々」というSFを元にしたオリジナルだったのだ。

高校頃からアニメはあんまり見なったけど、宮崎アニメは見てしまう。というか今じゃ世界の宮崎になってしまったけど。といいながら頭悪そうなイラストを描いてしまった。Rana

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